No Man Is an Island Book Blog

世界文学を中心に読みあさっては感想を書き連ねています。素敵な本たちを中心に紹介していきます!

野生の呼び声 by Jack London

いつ頃からか読みたいと思っていた「野生の呼び声」。

今回読んだのは、ジャック・ロンドンの短編3つ、中編1つ、そして付録1つの合計5作品が収められた「犬物語」というタイトルの本。

ただ、メインは中編小説の「野生の呼び声」なので、記事のタイトルはそれにした。

 

f:id:RIZA:20180619130416j:plain

 

ジャック・ロンドンの作品では、狼や犬が出てくるものがいくつかあるそうで、その中から翻訳者が選んだものが入っているのが本書。

それぞれのタイトルは以下の通り。

 

・ブラウン・ウルフ

・バタール

・あのスポット

・野生の呼び声

・火を熾す【1902年版】

 

最初の3つの短編はどれも面白かった。

 

特に好きなのはブラウン・ウルフ。

これは、持ち主が分からない犬を引き取ることになった夫婦が、やがて元の主人に出会い、所有権を争う話。

争うって言っても、何も裁判とかを起こすわけではない。

お互いの話し合いでは、どうにもならないと分かった時、元の主人スキフ・ミラーは、犬に選択させようと夫婦に提案した。

 

夫婦が名付けたブラウン、そして元の主人が名付けたウルフ。

果たしてブラウン・ウルフは最終的にどちらを選ぶのか?

 

短編ながらも犬と人間との関係を非常に興味深く描いていると感じた。

絶対的な信頼関係で結ばれていたが、離ればなれになってしまったかつての主人か。

最初こそ警戒心をむき出しにしていたものの、徐々に心を通わせ愛情を持って育ててくれた今の主人か。

ブラウン・ウルフにとっては、どちらの主人も大事な存在。

しかし、そのどちらかを選ばなければならないとしたら?

 

結末にはグッとくるものがあった。

 

次は、バタール。

バタールは、フランス語で私生児、雑種犬の意味があるらしい。

飼い主となるブラック・ルクレールとバタールは、最初に出会った時からお互いに敵意を剥き出しにした。

バタールもルクレールもお互いに生来備わる悪魔的要素を瞬時に感じ取ったのだ。

ルクレールは激しい憎しみを抱きつつ、犬にバタールという恥ずべき名前を授け、飼うことにしたかなりの危険人物だ。

バタールは残虐かつ暴力的。

それに負けずブラック・ルクレールも暴力的な悪魔のような人間。

バタールもルクレールもお互いに、最後の一撃を相手に食らわすことを生きる望みとしているかのように、恨み憎しみ合いながら生活をともにする。

なんとも異常な関係だ。

 

結末はなかなか衝撃的。

ジャック・ロンドンってこんなブラックを描く人なのかと驚き。

エドガー・アラン・ポーみたいなおどろおどろしい世界に溢れていた。

 

次は、あのスポット。

こちらも、またまたブラックな話。

語り手の男と良き友人だったスティーブ・マッカイ。

悪どい犬、スポットに散々2人が苦しめられる話。

どんなに逃げても、必ず逃げたその先にスポットがいる恐怖。

一生逃げられない地獄の苦しみを描いた怖い作品。

これまた結末が怖い。

 

ではメインの中編小説、「野生の呼び声」。

 

期待して読んだけど、とても良かった!

素晴らしいお話。

ある犬の一生を描いた作品なのですが、犬の一生にここまでのドラマを描くことのすごさを感じられるものだった。

 

主人公ならぬ主犬公のバック。

バックは、サンタクララ・ヴァレーの家に立つお屋敷、ミラー判事のもとで飼われていた。

セントバーナードの父とスコッチシェパードの母を持つ混血。

貴族のお屋敷で何不自由なく満ち足りた生活を送ってきたバック。

そんなバックがある日突然さらわれてしまう。

判事のもとで働いていた庭師のマヌエルが、金欲しさに売り飛ばしてしまったのだ。

最初に売り飛ばされた先は、赤いセーターの男。

この男が鞭や棍棒で犬をしつける冷酷無慈悲な人間で、バックを始めそこでの犬たちは奴にとことん打ちのめされる。

 

負かされた ー それはわかっていた。

が、挫けてはいなかった。

棍棒を持った人間相手に勝ち目はないということははっきり思い知った。

棍棒はまさに啓示であった。

(中略)

棍棒を持った人間は掟を定める者、服従すべき主人であるが、かならずしも追従する必要はない。

バック自身は追従に堕したりはしなかったが、打ち負かされた犬たちが男にじゃれつき、尻尾を振り、手を舐めるのはさんざん目にした。(92)

 

赤いセーターの男にとことん打ちのめされることで、肉体的には負かされたが、精神的には決して負かされなかった。

武器を持った人間相手になすすべは何も無い。

服従は絶対だが、追従はしない。

その選択をしたバックのプライドの高さが伺える一幕である。

 

バックはフランス系カナダ人の二人組、ペローとフランソワに買い取られ、そり犬としての生活を始めることとなる。

そこでは、多くの犬たちがすでに飼われていた。

皆そり犬たちだ。

厳しいながらも、赤いセーターの男のような冷酷無慈悲さはなく、あくまで人間的な厳しさを持って世話をしてくれるペローとフランソワに対して、バックは信頼を抱いていく。

カーリーという犬が狼に噛み殺され、そのまま食われてしまう恐ろしい野生を目の当たりにしたバック。

そり犬としての能力や強さを発揮し、他の犬たちと能力の差をつけながら、自然、否、野生の中でいかにして生き延びていくかを学んでいくバック。

スピッツというリーダー的存在の犬との争いに勝ち、スピッツは死ぬ。

そり犬同士でも、こんな仲間割れ、殺害があるのかと驚く。

良き主人だったフランソワとペローとの別れ。

 

その後引き取ったのは、スコットランド人とインディアンの混血男。

郵便橇で苛酷な道行きを余儀なくされる。

満足な休息も得られないまま、弱りきった体を振り絞りながら雪の降る極寒の地を、長い距離を進んでいく。

弱り切った仲間の犬、デイヴが動かない体を必死に動かそうともがきながら、橇を引くという仕事を奪われたら生命の終わりとでも言うほどの絶望的な表情で訴える姿。

しかし、もはやそり犬として動けないデイヴを連れていくことはできず、飼い主は射殺。

悲しい最後だが、厳しい土地で先に進んでいくためには、致し方のない処置だった。

 

その後、弱り果てたバックら一行は、チャールズと妻マセイディーズと彼女の弟ハルの三人組に買い取られる。

がしかし、こいつらが、もう最悪。

極寒の地を移動するために買い取ったものの、無知蒙昧な輩で、そり犬の知識や移動の知識が皆無。

およそ運ぶことなど不可能なほどの大量の荷物を橇に積み込み、動けぬ犬たちを執拗に鞭でうち、ただでさえ弱っている犬たちは瀕死状態に。

食事を与える管理能力も皆無で、移動の途中で食糧は尽きてくる。

他人の忠告も無視し続け、数々の犬がのたれ死んでいく。

バックも死の寸前まで弱る。

 

移動の途中で出会ったジョン・ソーントンたる人物。

彼の忠告をろくに聞かずに、バックを執拗に鞭で打ち続けたハルにブチ切れたソーントンがハルからバックを奪い取る。

その他の犬たちは瀕死の状態で橇を引いたが、結果割れた氷に沈没。

三人組もろとも帰らぬ人となった。

 

ソーントンとの共同生活は、バックにとっておそらく人生最良の日々だったのではないだろうか。

初めて知った人間から得られる本当の愛。

かつて最初に飼われていた家では、ただ飼われていただけだった。

ソーントンは豪快で男らしい性格の人物。

しかしその豪快さと同時に深い愛情をバックに注いでくれた。

父と息子のような理想的な関係を結んだソーントンとバック。

バックは、愛する主人ソーントンの危機を何度も救い、絶対的な信頼関係で結ばれてゆく。

 

そんな時、バックが聞いたある呼び声。

それは狼の遠吠えだった。

バックは、セントバーナードとシェパードの混血であるとはすでに述べたが、その祖先には狼がいるということか。

飼い犬から、野生に近い環境で生きるそり犬へ、そしてぬくぬくとした環境ではないが野生と人間との絶妙な位置にいたソーントンとの生活へと運命を渡り歩いてきたバック。

ソーントンとの生活に幸福を覚え、愛を感じて生きていたものの、狼の呼び声には抗い難く、その声の元へ走っていくバック。

野生とソーントンとの間を行ったり来たりの日々を過ごしていたある時、悲劇が起こる。

 

最終的にバックは野生へ戻る。

毎年同じ時に、愛する主人を思い出し、遠吠えをあげて。

 

起承転結を長々と書いてしまったが、この小説はとても素晴らしかった。

全編バックの視点で描かれている。

人間の非道さも、野生の中で生きる厳しさも、犬同士の熾烈な争いも、そして人間の優しさも。

犬、と言ってもその種類は様々だ。

私は犬が特に好き、と言う訳ではない。

しかし、狼は好きだ。

犬の中でも、シェパードやハスキーなど狼により近い犬種は好きである。

 

なので、この小説に出てくる犬というのは私たちが「犬」という言葉を聞いてパッと思い浮かべる人間に飼われている犬とはちょっと違う。

バックも、初めは普通の家で飼われる普通の犬だった。

それがさらわれた幸か不幸かによって、様々な人間たちと犬たちとの運命を共にし、野生へと帰っていく姿が描かれている。

 

バックの精神性は非常に狼のそれに近い。

と言っても、私が狼の精神性を知っているわけではないので、あくまでも想像とかイメージ上での、という意味だが。

バックは非常に誇り高い。

赤いセーターの男に打ちのめされた時、周りの犬は、次第に赤いセーターの男に懐くようになった。

バックは、自分を打ちのめした男に肉体的に痛めつけられても、決して心だけは奪われないことを固く誓う。

男に逆らえば、棍棒という恐ろしい武器で罰を与えられることを学習したバックは、あくまでも男に従いながらも、決して懐くことはしなかった。

その精神性。

バックの誇り高さ、プライドの高さが伺える。

それは孤高で誇り高いイメージの狼に非常に近しい。

最後に、バックが狼の元へ帰っていく結末を見れば、作者がバックを狼の末裔として描いていたことがわかる。

 

赤いセーターの男はただの暴力男。

ペローとフランソワは、良き主人。

チャールズ、ハル、マセイディーズは愚か者。

そしてジョン・ソーントンが最良の主人。

 

人間によって、飼われる犬の運命がここまで変わってしまうのか。

ソーントンとの生活は感動的だった。

厳しい生活を強いられ、荒っぽく暴力的にさえなっていたバックが、本当の愛を知っていく様が。

 

厳しい地で生活を共にするからこそ芽生える愛情や信頼もあるのだろう。

家で飼っている主人と犬との関係を超える何かがそこには見える。

 

一匹の犬の一生にこんなドラマがあるということを知れる素晴らしい動物物語。

動物を題材にした作品は良書が多いな〜とつくづく感じる。

ジャック・ロンドンには越冬経験があり、その実体験が生かされたという本作。

想像力で描くこともすごいことだが、現実を見たからこそ描くリアリティというのもまたすごいことだ。

 

いくつか印象的な文章を抜粋しよう。

バックの追い込まれた極寒の地での厳しさがよく分かる文章。

 

この最初の窃盗で、バックが北の地の苛酷な環境で生き延びる適者であることが証明された。

刻々変わる状況に、自分を合わせていく適応力。

それなしではあっさり非業の死を遂げるほかない。

これはまた、彼の道義心の堕落、崩壊の証しでもあった。

苛酷な生存競争にあって、道義心など無意味な足手まといでしかない。

南の地での、愛と友情の掟の下では、個の所有物や感情を尊重するのも結構だが、北の地の、棍棒と牙の掟の下では、そんなものを勘定に入れるのは愚か者だけであり、遵守するだけ生き延びるチャンスは減るのだ。(106)

 

フランソワとペローのもとでの生活。

観察眼に優れたバックは、他の犬の盗みの能力を真似し、ある時ベーコンをくすねた。

大騒ぎになったものの、バックに嫌疑はかからなかった。

盗みは悪いことで、当然疑われたものが主人より罰を受けるのだが、バックは狡猾さというものを手に入れていた。

悪をなしてもばれない能力を身につけたのだ。

 

次は、愛する主人の身に起こった悲劇に対するバックの行動を書いた文章から紹介する。

 

声を出していることに自分では気づいていなかったが、すさまじく獰猛なうなり声をバックは上げていた。

その生涯、バックがしたたかさと理性を忘れて激情に流されたのはこれが最後だった。

逆上したのはジョン・ソーントンに対する深い愛情ゆえだった。(199)

 

ある事件が起きた時の一幕。

どんな主人に対してでさえ抱くことのなかった崇敬と愛情。

だからこその怒りと激情。

 

動物は人間の言葉を話すわけではないし、人間だって動物の言葉がわからない。

それでも、人間は動物を愛し、動物も人間を愛してくれることがある。

特に、人間にとって犬という存在は大きい。

他のどんな動物とも違う何か非常に近いものを感じるからなのだろうか?

 

いずれにせよ、人間の創る文明と野生の両方を知ったバックが、悲劇を乗り越えて、最終的には野生を選び、野生に帰っていく。

そして、野生に帰ってもなお、愛する主人のことを忘れないその忠誠心に、心打たれた。

 

犬に対する感情が、180度変わるほどの素晴らしいストーリーだった。

バックの一生が良いことも悪いことも全て受け入れなければならなくて、絶対に逃げることができないからこそ、感動したのかもしれない。

犬、動物や自然界にいる存在は、弱肉強食の世界といってもいいかもしれないが、現実を放棄するとか、逃げるってことは基本的にできないことだ。

武器を持った人間には到底勝てず、逆らえば殺されるだけ。

知恵を得て、狡猾に生き延びる、適者として生き延びるその生命力が試されるのだ。

その苛酷さに、絶対根を上げないバックの強さは、胸に迫るものがあった。 

 

悪い人間も描かれるが、ソーントンの素晴らしい人間性には救いを感じた。

文明の中で人間と共存する全ての動物がこんな人間に出会えれば、どれだけ彼らは幸福になれるだろうと思いつつ、悪運を引いてしまう哀れな動物たちがいかに多いのかも同時に思い知らされる。

 

バックの仲間の犬たちも、それぞれに性格があり、必死に生きていくその姿に心が締め付けられた。

厳しい土地で生きるからこそ、生まれる感動というものが絶対にある。

全ての人におすすめしたい良書である!

 

最後の短編、火を熾す、については省略(笑)

 

ジャック・ロンドンは40歳という若さで亡くなってしまったそう。

が、その作品なんと50を超えるといいます。

「野生の呼び声」が彼の代表作であり最も有名なものらしいが、短編も多く、まだまだいいものがたくさんありそう。

今度は原文でも読んでみたいです。