No Man Is an Island Book Blog

世界文学を中心に読みあさっては感想を書き連ねています。素敵な本たちを中心に紹介していきます!

シラノ・ド・ベルジュラック by Edmond Rostand

フランス演劇の中でも特に名高くかつ人気な作品だということです。

これ戯曲だったのか。

てっきり小説かと思い込んでいた。

シラノ・ド・ベルジュラックは17世紀に実在したフランスの剣豪であり作家です。

本戯曲は、彼をモデルにした作品となっています。

 

f:id:RIZA:20180413211255j:plain

 

以前、母が家で、ジェラール・ドパルデュー主演の映画「シラノ・ド・ベルジュラック」を観ていたのです。

私は興味がなかったので、チラ見しただけで観ませんでしたが、そのあとに内容を聞いたら、へえ、なかなか良い話なんだ!って思ったんですね。

それから全然お目にかかることはなかったのですが、今回読むことになりましたと。

 

あらすじ

ガスコンの青年隊シラノは詩人で軍人、豪快にして心優しい剣士だが、二枚目とは言えない大鼻の持ち主。

密かに想いを寄せる従妹ロクサーヌに恋した美男の同僚クリスチャンのために尽くすのだが・・・。

 

母が映画で観た際に、内容を全部聞いてしまったので結末も読む前から知っていました。

映画では、もしかしたらちょっとは変えている部分もあるかもしれませんが。

ここでもネタバレをしますのでご注意くださいまし。

 

こちらも戯曲なので、結局は演劇で観ないといけないのだろう。

あるいは映画か?いや、映画と演劇は全然違うか。

本で読んでも十分面白さは伝わりましたよ。

しかし、内容を聞いた時点では、もっと期待してしまっていたな。

まず、小説だと思い込んでいたのがいけなかった。

長編小説ほどの分量はないので、やはり私の期待するような劇的恋愛!ってわけにはいかなかった。

意外にあっさりしていて、あ、こんなもんか、って思ってしまった。

 

ジェーン・エア」を読んでから、恋愛小説に求める尺度が異様に高くなってしまっている。

脱線しますが、私が絶賛する恋愛物語は、「ジェーン・エア」、そして「美女と野獣」(ディズニーのアニメ版。実写版はあまり感動できなかった)の二つであります。

何度も繰り返し、読んだり、観たりしています。

あと、以下二つも好きです。

riza.hatenablog.com

riza.hatenablog.com

 

今回の、「シラノ」も内容的にはとても良いんですけどね。

 

シラノは鼻が大きすぎる、そして、それが彼をいわゆる醜男たらしめているというのです。

男気があって、なおかつ優しい、これで二枚目なら確実に女性にモテたであろう、そんな人。

しかし顔が・・・。

それは本人が一番よく分かっていて、自分は恋愛をできるような人間ではないって思ってるんですね。

まるで、「美女と野獣」の野獣じゃないですか!

ただ彼は詩人としての才能が類い稀である。

彼の言葉っていうのが、本当にすごい。

人を感動させる愛の言葉をスラスラと情熱的に、即興で作ってしまうのですね。

 

そして彼は従妹のロクサーヌという美女を愛している。

その想いは内に秘めていたのですが、ある日ロクサーヌに呼ばれるのです。

彼女が私に何を言うのだろう!

半ば不安、半ば期待を持って彼は彼女に会いに行く・・・。

そこで、彼女からクリスチャンという男性を愛していると、悲しい告白を受けてしまうのです。

 

このクリスチャンは、シラノとは正反対の超美形。

彼もまた、美女のロクサーヌに恋をしている。

シラノは、愛するロクサーヌのためにも、この二人の恋を陰ながら応援してやろうとするのですね。

はあ、なんて切ないんでしょうか。

クリスチャンは顔は超二枚目なのですが、言葉というか詩人としての才能は残念至極のズタボロです。

詩人である必要は必ずしもないかもしれないのですが、愛の言葉とかが陳腐も陳腐なのです。

あなたを愛しています!とても!

ぐらいしか、言えないんです(笑)

ロクサーヌは才女ということなので、さすがにこんな言葉では愛も冷めようという。

 

シラノはその文才がすごいので、口下手なクリスチャンのために、ロクサーヌへ手紙を書いてやるのです。

というか、もともとシラノが彼自身の言葉で、ロクサーヌへあてた愛の手紙があったのですが、シラノは渡す前に、ロクサーヌの気持ちを知ってしまったので、渡せなかったのですね。

なので、悲しいかなクリスチャンからの言葉として、ロクサーヌへその手紙を届けるのですね。

その手紙にロクサーヌは完全に心奪われてしまいます。

感動で、心も震えてしまったのですね。

 

その後、クリスチャンは実際にロクサーヌの元へ行って話をするのですが、手紙の中にあったような情熱的で心がとろけるような愛の言葉を、クリスチャンは全く言えないので、ロクサーヌは冷めてしまいます。

これはこれで酷いですが。

ロクサーヌを引き止めて、暗闇の中、クリスチャンに代わって、シラノが愛の告白をします。

声がいつもと違うわ、とロクサーヌは気づくのですが、シラノは理由をつけてごまかします。

その愛の告白があまりにも素晴らしいので、ロクサーヌは声の変化にはあまり気を止めませんでした。

詩人としての才能がある、というのも確かなのでしょうが、やはりずっと愛してきた女性に対してだからこそ、言えた言葉なのでしょう。

 

以下は本作の最大の山場と言われる「恋の言説」の一部です。

シラノはその豪快な男っぷりが最初は目立っていますが、実は恋を語らせても超一流だったということ。

クリスチャンの陳腐な愛の言葉が本当に情けなく不憫にすら感じられてしまうほどのシラノの愛の告白です。

 

胸に浮かび次第、あなたに投げる、群がる言葉の

数々を、纏めもやらずそのままに! 愛している、息が詰まる、

恋い焦がれているのです、我を忘れて、どうにもならない!

あなたの名は、わたしの心の中で鳴る鈴の音、

わたしは、ロクサーヌよ、絶えず震えているのだから、

絶えず鈴も震えて揺れて、ロクサーヌの名を響かせる!

君のことは何でも覚えている、すべてをわたしは愛してきた。

忘れもしない、去年五月の十二日、君は

朝の散歩にと、髪の結い方を変えてみた。

君の髪の毛の輝きは、あまりにも美しく、

太陽をじっと見つめると、その後どこにも

真紅の斑点が見えてしまうそれにも似て、

僕を満たした火の輝きに、目は眩まされ、

何を見ても金髪の鮮やかな染みが付きまとった!

 (中略)

今わたしを襲う、恐ろしい、執着の想い、それこそ

まさしく恋なのだ、 ー しかしエゴイストな恋ではない!

ああ、君の幸福のためならば、わたしの幸福など差し上げる。

とはいえ、わたしの幸福など、君には分かりはしない、

ただ、時として、遠くから、君の笑う声が聞こえればいい、

その幸福の笑い声は、わたしの犠牲の落とし子なのだ。

ー 君の見つめる眼差しの一つ一つが、新しい

美徳を、勇気を奮い立たせてくれる。今は少しは

お分かりか。さあ、どうなのですか。少しはお感じに

なられたか、この魂が、夜の暗さを昇って行く?・・・・・・

ああ、今夜という今夜の美しさ、美し過ぎる、甘美に過ぎる!

すべてを打ち明けました、お聞きになった、あなたがわたしを!

もう我慢出来ない!大胆不敵な希望でも、

ここまでは望まなかった!今ははや、

死ぬより他に道はない。わたしの語った言葉ゆえに、

あの人が震えている、青い小枝の繁る中で。

そう、あなたは震えている、風にそよぐ木の葉のように!

そう、震えているのだ!君の意思ではないかも知れぬが、

わたしは感じる、懐かしい君の手の戦きが、

ジャスミンの枝を伝ってここまで降りて来てくれる。

(第三幕、第七場)

 

物凄く、愛しています。

としかいえなかったクリスチャンの後に、このセリフ・・・。

しかもこれは一部で、もう少し語っておられますシラノ様・・・。

これはバルコニーで、シラノとクリスチャンが下からロクサーヌを呼びかけ、ロクサーヌが窓を開けて、上から聞く形になっています。

闇夜だから、姿は見えない、声が何だか違うと思いつつも、ロクサーヌはもうこの素晴らしい愛の言葉に、身も心も持って行かれてしまうのですね・・・。

 

こんな劇的な言葉をスラスラと言える男性は現代の世にはいないだろう。

さすがに私もここまでは望まない。

しかし、相手を想う気持ちがあればこそのこの言葉であり、言葉というものがどんどん簡略化して、情緒を感じられる愛の言葉ってものがますます薄れて行く現代にあっては、こんなことが言える男性って貴重過ぎる、男前すぎる。

 

日本人的ではない、と一瞬思ったんですが、いやそんなことはないぞ。

日本も、万葉集などに入っているような和歌の美しいことを思い出した。

雰囲気がガラリと変わるかも知れないけど、愛を謳った和歌も本当に美しい。

私が和歌を好きになったのは以下の歌を知ってから。

 

君がため 惜しからざりし 命さへ

ながくもがなと 思ひけるかな

 (藤原義孝

 

そんなことをする時代じゃなくなってしまいましたね。

言葉のやり取りは、手紙からメールへ、メールからLINEへ・・・。

時代の流れには逆らえないものの、やっぱりなんだか残念で悲しい気もする・・・。

言葉を大事に扱える人が消えてなくなりませんように・・・。

 

この愛の告白の後、ロクサーヌとクリスチャンは結婚しました。

クリスチャンは戦争に行かなければならないので、半ば急いで結婚した、という感が否めませんでしたが。

シラノや他の隊員とともに戦場へ向かいました。

 

そして、戦地にいる間も、シラノは毎日毎日ロクサーヌへ手紙を届けます。

もちろんクリスチャンの名前の下に。

戦時中ですから、手紙を届けるには、危険な道も通らなければなりません。

なぜ、そこまでするシラノよ。

悲恋も悲恋。

ああ悲しいですね。

 

そして・・・結末を書いてしまいますが、最終的には、悲劇が起こります。

戦地、シラノやクリスチャンなどの隊員がいる元へ、ロクサーヌが突然現れるのです。

みんなが驚愕する中、毎日手紙を送り続けていたシラノは、彼女がいてもたってもいられなくなった理由が薄々分かっていました。

何故わざわざ危険を冒してまで会いに来たのかと、クリスチャンはロクサーヌに尋ねます。

ロクサーヌは数々の手紙のためだと言いました。

 

ロクサーヌ 参りましたわ。 ー ああ、愛しいクリスチャン、わたしのご主人様!

お膝のもとに、ひざまずきたい、そう申しましたら、わたくしを、

起こしにもなりましょうが、そこに捧げているものは、わたくしの魂、

もはやそれを永久に、お起こし下さることはできないのです! ー

お詫びを申し上げに参りました、(そう、まさしくお詫び申し上げる

その時なのでは、何故って死んでしまうかも知れないでしょう?)

初めはあんな浮気心で、ただお美しいあなた、

だから恋に落ちたというご無礼を!

 

クリスチャン なんということを、ロクサーヌ

 

ロクサーヌ 後になってようやくに、

浮つく心も落ち着いて、

ー 飛び立つ前に飛び上がる、そんな鳥と同じよう ー

美しいお姿に引かれつつも、魂の気高さに心奪われ、

二つのあなたを愛してしまった!・・・・・・

(中略)

ですから、お喜び遊ばせ!

移ろいやすい姿形のためにだけ愛されるとは、

恋する気高い心には、拷問に等しいこと。

でも美しいお心は、あなたのお顔も忘れさせる、

初めはそれに恋をした美しいお姿も、

今になってようやくはっきり・・・・・・・いいえ、もう見えませんわ!

(第四幕、第八場)

 

この言葉、シラノが聞いたらどれだけ嬉しかったでしょうか・・・。

クリスチャンは、聞いているのも辛くなってしまいました。

彼も、かわいそうですね。

結局、本当の意味で愛されたわけではなかったのだから。

 

ロクサーヌのこの言葉はすごいですね。

クリスチャンだって、別に悪い男ではないのです。

しかし、こんなことを言われると、あなたは美男子であるだけで中身は空っぽだ、と言われているようなものです。

ロクサーヌが愛したのは、シラノの魂なのだから。

 

この後クリスチャンは戦死してしまいます。

ロクサーヌが愛しているのは君だ!と、クリスチャンはシラノに言います。

そして、手紙は全て自分が書いたのだと、ロクサーヌに言うんだ!とクリスチャンは言います。

最初こそ反対していたシラノですが、最終的には真実を言おう、と思うのです。

そこに来てクリスチャンの戦死。

もう言えない、となってしまうのでした・・・。

 

私としては、うーん、クリスチャンの口から、実はあの手紙はシラノだったんだ!とロクサーヌに言って欲しかった。

クリスチャンのために、シラノは苦しんできたんですよ。

もちろん、クリスチャンもかわいそうですが、自分は負けたんだ、と潔く、ロクサーヌに真実を言って欲しかった。

しかし、亡くなってしまいました。

私はてっきり、この後すぐに真実がわかるのだと思っていました。

しかしなんとそれから15年も待たなければならなかったのです。

 

15年後、ロクサーヌは未亡人を通していました。

シラノとは時々会う程度です。

 

ある時、シラノは事故に遭い、瀕死になってしまいます。

なんとか元気を取り戻してロクサーヌに会いに行きますが、自分の後がもう短いことを分かっていました。

そして、自分が書いた最後の手紙を読みたいと、ロクサーヌに言うのですね。

もちろん、自分が書いた、とは言いませんが。

ロクサーヌは、その手紙をクリスチャン亡き後ずっと胸につけていたのです。

 

そして、その手紙をシラノは声に出して読む。

そこで、やっとロクサーヌは気づくのです。

と言うのも、もう夜になっていて部屋は灯りがなくて暗いのに、シラノは手紙を空で読んでいるのです。

なぜ、読んだことのないはずの手紙を読めるのか?

そして、その声を聞いて、バルコニーでのことを思い出し、あなただったのですね!となるわけです。

 

真実にたどり着くのが遅すぎだ・・・。

そして、シラノは亡くなってしまいました。

 

ロクサーヌが、クリスチャンの美貌ではなく、魂の美しさを愛したと告げる場面は本当に素晴らしく、美しかったです。

だからこそ、その感動の続くまま、シラノの元へ行って欲しかったですね。

15年と言う時の流れがすごく重いし、最後シラノがあまりにもあっさり亡くなってしまうのもなんだか・・・。

 

喜劇なので、ずどーんと重くなるような感じは全くないのですがね。

私は悲恋があまり好きではないので・・・。

「椿姫」は悲恋ですが死ぬほど感動しました。

この違いはなんだろうかな。

「椿姫」の場合、もっと男女それぞれの苦しみとかが読み取れた。

戯曲だから仕方ないのかもしれないけど、シラノやロクサーヌの想いというものが、小説ほどは描かれていないように思えた。

 

手紙によって、その人の心の美しさに惹かれて、その心をこそ愛するようになる。

最初はあなたの外見の美しさにだけ惚れていた、そんな自分を反省する。

あなたのその心こそ、私は愛しているのだ、と。

この部分だけは、本当に素晴らしいですが。

 

感動が薄れ気味だったのは、ロクサーヌとシラノのやりとりが少なすぎたと言う点もあるかなと思います。

最後シラノが亡くなってしまうのは、百歩譲ってアリだとしても、ロクサーヌが真実に気づいてから、もっと語り合う場面があっても良かったかなと。

ロクサーヌの悲しみも、大したものに感じられなかったんですね。

15年も経ってるんだから、仕方ないかもしれませんが。

 

戦争でクリスチャンが事切れる前に、実はシラノだったんだよ、ってロクサーヌに耳打ちして、ロクサーヌが全てを悟る。

そして、シラノの元へ、あなただったんですね、と言いに行く。

シラノは最初こそ否定し続けるだろうが、やがて認めざるを得なくなる。

私が愛したのは、クリスチャンの美貌であって、その心ではなかったのです、今なら言えます、私が本当に愛しているのはあなたのその心です!と。

それで二人が一緒になる。

この結末を私はみたかった。

 

自分でも思うが、なんて勝手な読者だろう。

 

今回の翻訳者は、翻訳家というだけでなく演出家でもあるそうです。

なので、注釈なんかは非常に詳細でした。

詳細すぎて読むのが大変でした、しかも注釈の時点で、結末が書かれていてそこは訳者としてないぜ!って思いました。

物語の結末を書くなら、注釈には結末が含まれているのでご注意を、の一言が欲しい!

フランスでの演劇はもちろん、日本での演劇も色々観ているようで、演出によって全然違うっていうのを書かれていました。

俳優の演じ方、声とか、そういったもので、大きく変わってしまう作品なのでしょうね、演劇とは。

演劇の奥深さを学んだ気がします。

 

シラノ・ド・ベルジュラック (光文社古典新訳文庫)

シラノ・ド・ベルジュラック (光文社古典新訳文庫)