No Man Is an Island Book Blog

世界文学を中心に読みあさっては感想を書き連ねています。素敵な本たちを中心に紹介していきます!

ふしぎの国のアリス by Lewis Carroll

これまた世界的に有名な児童文学を読んでみました!

実は、ちゃんと読むのは初めて。

ディズニーのアニメ映画は観たことあるけど。

アリスやチェシャ猫が可愛くてディズニーの中でも特に好きなキャラクターの一つです。

ジョニー・デップの実写版はチラッと見ただけでちゃんと観ていません。

面白いのかしら?

 

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学生時代、英米文学の授業にて、原文でこちらの作品を読んだけど、授業の進むのが超絶遅くて、最後まで読みきれなかった。

なぜ、授業中にみんなでノロノロと読み進めて行くのか、その授業の進め方が全然理解できなかった。

そんなことを言うなら、勝手に自分で読んでしまえばよかったのですが、まさか読み切らないまま授業が終わるとは思っていなかったのです。

日本における文学の授業ってやっぱり甘ったるい!って偉そうながらに思ってしまう・・・。

そのまま本はどっかに行って、ちゃんと読むことなく今日まで来てしまいました。

 

その時の印象では、かなり言葉遊びがすごい!ってことでしたね。

だから翻訳も、本来の意味ではできない部分がかなりあると思います。

言葉遊びとか駄洒落っていうのは、翻訳のしようがないですものね。

 

そして今回私が読んだ、こちらのバージョンは、翻訳のくせがすごいこと・・・。

翻訳者自身も、うんと変わった翻訳にした、と語っているぐらいで。

面白いのは面白いけど、やっぱりちょっとぶっ飛びすぎてるかな〜という気もしました。

翻訳がぶっ飛びすぎてるとそっちが気になって話に入っていけなかったり。

ただ、実際ルイス・キャロルって相当な変わり者で、原文も少し読んだ程度ですが、かなり変わった感じだったので、この翻訳の雰囲気は実はかなり合っているのかも知れない。

ルイス・キャロルってオックスフォードの数学の先生だったんですね!

作家というだけではなかったのか。

 

あと、私の大好きなジョン・レノンだけど、彼も大のルイス・キャロルのファンなのです。

ジョンも本をいくつか書いており、これなんかは読んだのですが、

riza.hatenablog.com

これも日本語で読んでるので、微妙な部分もありますが、やっぱかなり変わってますね。

ぶっ飛び具合がなかなか。

ジョークや言葉遊びが日本語には、訳しきれないだろうなって。

そんな変わり者のジョンが好きなルイス・キャロルもかなりの変わり者だということがよくわかりました。

 

ディズニー版映画で観た時は、本当に可愛らしいファンタジーって感じで、不思議な感じも楽しく感じられたのですが、実際読んでみると、本当に意味不明なお話ですね。

 

川辺の土手にて読書をするお姉さんの横に座っていたアリスは、退屈でウトウト。

すると、白いウサギが「急がなきゃ!」と走っているのを見てびっくり、そのままウサギを追いかけて、穴に落ちる。

落下して、あるお部屋にたどり着くけど、ドアが小さすぎて出られない。

机の上にあった瓶の中身を飲んで小さくなるけど、今度は机の上に置いたドアの鍵が届かない。

次に見つけたケーキを食べると今度は巨大になってしまい、アリスは困って泣いてしまいます。

涙の池ができて自分も溺れてしまう、などなど、やっぱり有名なだけあってストーリーのほとんどは知っていました。

 

その後も、おかしな動物たちと出会ってお話ししたり、大人気のチェシャ猫が出て来たり。

チェシャ猫は瞬時に消えてはまた現れる、という魔法のようなことができますが、最後にあのニタっとした口元だけが残る、とかっていう描写は改めて面白いなと思いました。

「にやにや笑いなしのネコってずいぶん見たことあるけれど、ネコなしのにやにや笑いだけなんて!こんなの生まれて初めてだよーっ!」(101)

こういう発想が出来るって、ファンタジーとかナンセンス作家たる所以なのだろうと思います。

上の引用を読めば分かりますが、ちょっと翻訳が・・・笑

 

この後、狂ったお茶会の場面が出て来ます。

なんでも、時間が進まず、ずっと同じなので、帽子屋と三月ウサギはずーっとお茶会をし続けなければならないんですね。

 

ハートの女王がこの後初登場します。

ハートの女王は、一番残酷なキャラクター。

気に入らない者の首はすべてはねろ!と命令。

王様もいるにはいるけど、女王の存在感が強すぎてほとんど目立ってませんでした。

 

ニセウミガメとグリフォンという生き物に出会い、アリスが話す場面がありますが、ここでの言葉遊びが特に顕著で、一番面白い章の一つでした。

ここに関しては、本当に英語の原文で読まないと本来の言葉遊びがわからないだろうと思いましたね。

駄洒落とかを翻訳する時って、英語を直訳してももはや意味が通らないので、大概日本語の駄洒落に代用されていますが、本書では結構そのまま英語を残していました。

「それで一日に何時間、レッスンがあったの?」アリスは急いで話題を変えてみた。

「第一日には十時間」とニセウミガメがいった。

「次の日は九時間、というぐあいだよう」

「へんな時間割!」アリスは思わず叫んだものさ。

「だからこそレッスンっていうんじゃないか」こんどはグリフォンがこういった、「一日一日と減ってレッスンいくんだからな」

 とこんな風になっていました。

他にも色々このような駄洒落が満載なのですが、本書では全てこんな感じでしたね。

 

色々な意見はあるのでしょうけど、私はこっちの方が好きです。

翻訳で日本語の駄洒落とかが出てくると、絶対原文とは違う意味で置き換えているってことがわかるので、じゃあ本来はどうなんだろうって気になってしまうのです。

ただ、私にとってこれが出来るのは英語だけ。

英語だから、lessonとlessenで、音は同じだけど意味が違うってのがすぐに理解できるけど、これがフランス語やらロシア語やらドイツ語やらって他の言語になると、同じくルビが振られてたって、わかんないだろうから・・・。

まあ、本書で出てくる英語は、子供向けだし日本人にでもわかるような簡単な英語なので、これでもOKでしょう!

 

裁判の場面、帽子屋や公爵夫人の女コックなどが証言台に出て来て、めちゃくちゃなことを言ったりする場面が続きます。

最後はトランプのカードたちが襲いかかって来たところで、ハッと目が覚めてお姉さんに、「ずいぶん長いこと寝ていたのね」と言われる、という結末ですね。

 

結局、アリスのこの話は全部夢の中のことだったのでしょう。

とは言いつつも、なんだか夢の中のことだけとは思えない不思議な現実感もあり、夢と現実の境が曖昧な感じがまた楽しく思えました。

 

本書は、ルイス・キャロルの挿絵もたくさん入っていて、原作の雰囲気を十分味わえる作りになっています。

作家本人が絵も描けるっていうのは絵本作家でもないのに珍しいですね。

作家の頭にあるイメージがそのまま出て来ている絵だから、キャロルの頭ではこんなアリスだったんだ〜と想いを馳せていました。

 

原作はあのディズニーの可愛らしい感じはほとんどないですがね。

ファンタジーというよりはナンセンス、可愛いというよりは、幻想的な感じかな・・・。

アリスの首がめっちゃ長くなるシーンとかの絵は結構子供には怖いと映るかも。

 

この本は、絵本として読むのもいいんだろうなと思います。

世界観がすごいので、楽しい素敵な、また不思議な絵とともに、子供と一緒に読んだら、きっと楽しめることでしょう。

 

ただ、やはり英語の言葉で遊んでいるという点を考えると、日本語で読むのが惜しい。

俳句とかだって、英語に翻訳されたら、本来の味ってものがなくなっちゃうのと同じですね。

他の言語なら、なかなか難しいとは思いますが、英語ならほとんどの日本人は学習するので、こういう言葉遊びをしている作品はぜひ英語の原文で読んでみたいものです!