No Man Is an Island Book Blog

世界文学を中心に読みあさっては感想を書き連ねています。素敵な本たちを中心に紹介していきます!

迷走の果てのトム・ソーヤー ー小説家マーク・トウェインの軌跡 by 後藤 和彦

なかなか興味深い本だった。
マーク・トウェインについての本をやっと読むことができた。
本名サミュエル・クレメンスは、何故、マーク・トウェインとなったのか。

彼の幼少時代は辛いものであった。
父からの愛情をほとんど受けられず、父は早くに他界。
次に頼りたかった兄オーリオンは、精神的にブレブレな人物だったようで、幻滅。
また南部人として、黒人奴隷支持の中で生まれ育ち、生きてきたため、その感覚が抜け切らず苦しんだ。
南北戦争では特に、行動には移さなかったらしい。
一度は南部に加担したが、結局は南部を捨てたのである。
しかし、南部人であるがゆえに、自身のアイデンティティのよりどころを失い、そこでまた苦しんだという。

兄は北部加担したが、その反抗心からサムは南部支持となる。
しかし、いざ戦争となると、彼は逃げてしまう。
というのも、彼の南部支持の姿勢はあくまでも兄オーリオンに対する反抗心からであって、本心ではなかったからだ。
ゆえに、殉ずることはできなかったのだ。

その後サムは兄オーリオンに頼らざるを得ない状況に陥る。
ここら辺は難しいのだが、父、兄、南北戦争での出来事がサムをマーク・トウェインとして生きるしかできなくする、大きな原因となったらしいのである。

トム・ソーヤーの冒険』についても書かれているが、大事なのは『ハックルベリー ・フィンの冒険』の部分。
南部が描かれているし、黒人奴隷の問題も大きなテーマだ。

この作品は、実はとてもパーソナルなものだったのか!と私は気づいた。
だからこそ、あの結末なのだと。
あの結末は、本当に後味悪く、なんでなんで?としか思えなかったのだが、自身の南部人としての血とその後の人生で培った本当の正義ってものの間で、ハックが作中で揺れ動き続けたのと同じく、トウェイン自身も、苦しみ続けたのだろう。
そして、苦し紛れの答えを出すしかなかった。
そう思えば、あの結末は、トウェインの苦悩そのものが本当に現れた結末なのだなと、感じられるようになる。
結末を批判するのは簡単だ。
南部人でなければ、そもそも奴隷制度は間違っている、という思想の中で生きてきた人間ならば、簡単に誰もが賞賛する結末を描けたに相違ない。
しかし、トウェインは南部の人だった。
そこを忘れてはならないだろう。

マーク・トウェインの来歴を読み、彼がずっと抱えてきた人生の汚点とか、父から愛を受けられなかったこととかが、非常に強く『ハック〜』の中で描かれている。
どんな小説、文学作品も多少なり作者の生い立ちや、家族関係、トラウマなどが含まれるのは当然だと思うが、それにしても想像以上に『ハック〜』の中でトウェインは自分自身の問題を解決したかったのかもしれない。
となると、読み方がかなり変わってくるのだ。

『ハック〜』以降は、トウェインの他の作品について、続けて論じられており、興味深かった。
アメリカの南部と北部がいかに隔てられているのか、とか、アイデンティティの問題などは、アメリカ人でない私に理解するのは非常に難しい。
なかなか分かるものじゃないな、とも思った。

トウェインは、子供時代の経験と南北戦争でのことが、ずっと心に引っかかっていたようで、ゆえに多くの作品で同じような問題を扱っていたのかもしれぬ。
一つの文学作品を知るには、その作者のことをよく知ることが、やはり大きな助けとなるのだということが分かった。