No Man Is an Island Book Blog

世界文学を中心に読みあさっては感想を書き連ねています。素敵な本たちを中心に紹介していきます!

ヴェネツィアに死す by Thomas Mann

トーマス・マンの作品は初めてである。

主人公のアッシェンバッハ的な名前の人は芸術家として偉大な人間である。
あらゆる美を知り尽くしている、高貴な存在である。
そんな彼が癒しの旅に出かける。先はヴェネツィアである。
そこで異国の空気に馴染めず、一旦は帰ろうと試みるのであるが、偶然が起こり留まることとなる。
ヴェネツィアで出会った美少年、彼に胸を焦がしながら追いかけ回すアッシェンバッハの姿は狂気じみてさえいる。
実際、少年に声をかけることは一度もない。彼はただ少年の美しさに酔いしれ、その美しさを我がものにしたいと願う。
かといって少年に話しかけることはないのである。少年の方でもこの老人の姿に気づいているかもしれないが、彼が老人に興味を示すこともない。

ヴェネツィアではその時コレラが流行し、旅人はだんだん去っていく。
そのことを知りながらも少年を追い回すために残る決意をするアッシェンバッハ。
彼はもはや正常な判断をすら出来ないほど美に陶酔しきってしまっているのである。
結局少年は家族とともにコレラを恐れてヴェネツィアを去るのであるが、アッシェンバッハは海岸で寝そべりながら死ぬのである。

老人が美少年に恋して追いかけ回すなど、少し気持ち悪い物語であると思われるかも知れないが、この作品からは異様な雰囲気は全く感じられず、美しいものに惹かれる純粋な人間の姿がただ描かれているのだ。
アッシェンバッハが何も美少年趣味があるとかいうのではなく、美しいものに惹かれる人間の本能ともいうべきものを彼が体現してくれているのである。
完璧なまでに美しい少年。何の汚れもなく、完璧な容姿、それに惹かれ、心奪われ、正常な判断すらできなくなってしまった男の悲しい最期。
高貴な存在であり、世間からも尊敬されるような立場にある者でも、美の前では無力でしかない。
その美に逆らうことなど到底できないのである。

アッシェンバッハの少年への愛は、情欲とかではなく、美しいものに対する賛美の愛である。
人間が花や星などの美しいものに対して抱く愛と同じように。
実際にはアッシェンバッハは少年の性格など知らないし、いつも遠くから眺めているだけなのだ。
彼のことを何一つ知らない。それでもなぜ愛していると言えるのか。
その理由は少年が美しいから、ただそれだけであろう。
人間が美に純粋に惹かれるということ、そしてその前ではいかに偉大とされる人物でも無力になるということ、そのことをこの作品からは感じたのだが、どうだろう?

ヴェネツィアに死す (光文社古典新訳文庫)

ヴェネツィアに死す (光文社古典新訳文庫)